2021年01月23日

イッピン「彩り自由に みずみずしく!〜栃木・益子焼〜」

今回のイッピンは「栃木の益子焼」




栃木県益子町は
広大な関東平野の奥まった北の端に位置し、
小貝川が町西側を北から南へと流れ、
その河岸の平野部が町の大部分を占めています。
町の南部は茨城県と県境を接し、丘陵地となっています。




窯を築くための傾斜地に恵まれ、
周囲の低山には
燃料となる赤松や雑木の林が豊富でした。
8世紀の終わりには町の南の谷筋に沿って、
下野国の須恵器と瓦の一大窯業地でしたが
10世紀中頃には生産を止めていました。




江戸時代末期の 文政11(1828)年、
「笠間焼」を見て育った杉山啓三郎が
益子町の大塚平兵衛の婿養子に迎えられ、
益子村大津沢で良質の陶土を見つけたことから、
嘉永6(1853)年に「益子焼」を開業。
これが現在に続く
「益子焼」の始まりとなりました。




啓三郎は安政3(1856)年に
「相馬焼」の流れを汲む
「宍戸焼」の陶工・田中長平を招き、
技術と生産の向上に努め、
主に台所で使うような日用雑器を中心に
製陶業を本格的に軌道に乗せていきました。




「益子焼」は
「笠間」と「相馬」双方の産地の影響を大きく受け、
将来に渡って
両地方との技術や職人の交流が続くことになりました。


やまに大塚

 ・住所:〒321-4218
     栃木県芳賀郡益子町城内坂88   
 ・電話:0285-72-7711(代)



もう一人「益子焼」の育成に尽力したのが
郡奉行・三田称平(みたしょうへい)です。
三田称平は、将来必ず伸びる産業だと考え、
藩から資金の貸付した他、
職人の管理・指導をしました。




「益子焼」は、主に関東地方に出荷されました。
当時、関東地方の焼き物は「笠間焼」だけだったので、
「益子焼」は大当たりしました。
ただ、そうなると粗悪品も乱売されたため、
「益子焼」の信用も失墜、
米国への輸出も途絶えてしまいました。

信用回復のため
明治36年10月、「益子陶器同業組合」を設立。
また、腕の良い職人を育てるための、
「益子陶器伝習所」も設立されました。




大正時代に入ると、
燃料が木炭から石炭ガスに変わると、
「益子焼」では高熱に耐えられないため、
台所用品はアルミなどの金属にとって変わられました。
また、壺や甕もガラスや金属に変わり、
売上はどんどん落ち込んでいきました。




ところが大正12年9月1日の関東大震災で様子が一変。
需要が急増。
作っても作っても間に合わないくらいになりました。




更に、大正13(1924)年に、
濱田庄司がこの地に定住。




「用の美」に着目した柳宗悦らと共に
民芸運動」を推める傍ら、
地元の工人達に大きな影響を与え、
益子焼は「芸術品」としての側面を
持つようになります。


濱田庄司
(はまだしょうじ)

「京都で道をみつけ、
 英国で始まり、沖縄で学び、
 益子で育った」と書き残す。
昭和30年、「第1回無形文化財保持者」に指定。


島岡達三
(しまおか たつぞう)

昭和21年に濱田庄司門下に。
平成8年、「重要無形文化財保持者」認定。
独自の「縄文象嵌」の世界を築いた陶芸家。




現在、
窯元は約250、陶器店は50。
ここに窯を構える陶芸家は400人前後も
いるそうです。




益子で生まれ育った作り手でなくても、
活躍出来る柔軟な風土があり、
全国から集まってくるそうです。
そして作風は多種多様です。


 外国の方も!


毎年春と秋には「陶器市」が開催されています。


令和3年4月29日(木)〜5月5日(水)に
開催が予定されています。







因みに、
JR信越本線・横川駅の駅弁
峠の釜めし」の土釜の容器も
「益子焼」で作られています。




作るのは、
益子最大の老舗窯元「つかもと」さんです。







丹波屋栃木銘店」さんには、
益子焼史上初の益子焼のカプセルトイ
(通称ガチャガチャ)があります。




益子の窯元「大塚幸内商店」さんの職人さんが
ひとつひとつ手びねりで成形して素焼きし、
絵付け、釉薬をかけて焼き上げたものです。







1.陶芸家・久保田健司さん




久保田健司さんは、
昭和54(1979)年に埼玉県に生まれ。
埼玉大学教養学部芸術論科卒業後、
栃木県益子町に移り、
平成23(2011)年に益子にて独立しました。
スポイトで泥を盛り付けて描く「イッチン技法」と
泥を流して描く「スリップ技法」で、
新しい色や絵柄など
オリジナリティ溢れるを器を作陶されています。




深い茶色に白い唐草模様が浮き出た
コーヒーカップを作っています。




独自配合した化粧土の液に器を浸し、
乾かした後に違う色の化粧土で模様を描きます。
描く際、躊躇すると流線が乱れたりするため、
勢いが大事だそうです。

また、配合した化粧土の相性が悪いと
上部の化粧土が剥がれやすいそうで、
現在の配合に行き着くまでに試行錯誤を続けてきたんだとか。


Instagramで!
また久保田さんの作品はこちらで購入できます。









「よしざわ窯」さんは、
吉澤泰久さん、理恵さんご夫婦が
約30名のスタッフとともに
ウェブショップ・生活陶器「on the table」を営んでいます。

ショップの名前は
「器は使ってこそ生きるもの
 〜It’s best to leave the dishes on the table.〜」
という言葉に由来しています。

スタッフの3分の2は女性のため、
女性目線の「あったらいい」を形にした
「使う」ことを考えた食器を作っています。

石膏型を使って板状の粘土から器を作る
「たたら」という手法で、
繊細な模様などを施した

アンティークのような凝ったデザインの食器は、
厚みがありレンジやオーブンでも使用出来ます。
Instagramを中心に大人気です!


 “幸せを呼ぶ青い鳥”が
モチーフの小鉢はこちらで!








3.村澤陶苑
    (5代目 村澤 亨さん)

村澤陶苑の5代目・村澤亨さんの細工場は
道祖土にあります。
代々続く窯元で、
登り窯で焼成して作陶されています。




青と白のグラデーションが美しく、
モダンな形の器を手掛けています。

土灰、もみ灰など
いくつかの植物の灰と長石を混ぜて糠白釉を作ります。
更に黄土の化粧土の鉄分と糠白釉を反応させて青く発色させ、
青と白のグラデーションを生み出します。







今回のレポーターは野村佑香さん。




野村さんは、
平成31年(2019年)2月5日、
女の子をご出産されたそうです。
おめでとうございます!



ラベル:イッピン 益子焼
posted by ぽっぷらいと at 18:15| 美の壺・イッピン・工芸品・手芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする