2021年03月02日

イッピン「この地に生きる〜宮城 伝統工芸の10年〜」

今回のイッピンは、

 「宮城の伝統工芸」




平成23(2011)年の東日本大震災から今年で10年。

津波で損傷した伝統の箪笥を修復し続けてきた職人と、
硯石の産地・雄勝町の復興のために、
新しい製品づくりに挑む2人の若手職人を追う。




東日本大震災から10年。
この間、被災地の伝統工芸は激しく揺す振られてきた。
宮城県伝統の家具「仙台タンス」。
地震の後、
津波を被って損傷した仙台タンスを
修復して欲しいという申し込みが、
職人の元に殺到する。
修復に携わりながら、職人の心に起こった変化を追う。

また、硯石の産地として有名な宮城県雄勝町では、
2年前、二人の若者が職人の道を踏み出した。
困難を乗り越え、復興のための製品づくりが始まった。





1.仙台箪笥




豪華な飾り鉄による金具の装飾と、
栗や杉、欅で作られた
重厚感溢れる美しい漆塗りの
「仙台箪笥」
宮城県の伝統工芸品に指定されている
高級箪笥です。




「仙台箪笥」のルーツは、
伊達藩主・伊達政宗が青葉城を築城する際に、
大工の棟梁によって作られた建具の一部だと
言われています。




仙台藩の地場産業として生まれ、
元々は
刀や着物、証文などの大切な物を収めるための
武家や商屋の箪笥として生まれ、
堅牢さや防犯性などの実用性が重視され、
愛用したようです。




明治になると庶民の間でも人気が高まり、
美しい漆塗りや
華やかな金具などの美術的要素が加わり、
独自の発展を遂げて行きます。




生産のピークは明治から大正中期のことで、
当時はヨーロッパにも輸出されました。




戦時中は一時生産がストップしますが、
戦後に再開され、
釘を使用せず木材のみで箪笥を組み立てる
「指物師」
杢目の美しさを浮き上がらせる塗りを施す
「漆塗り職人」
鉄板から繊細な文様を打ち出す
「彫金手打金具職人」
3つの熟練した職人技によって、
美しい箪笥が生み出されています。




箪笥の基本となるのが「指物」です。
寸分の歪みもくるいも許さないフレーム、
引き出しのスムーズな開閉。
木の性質を見抜き、
木取りから組み立て、仕上げまでを手掛けるのが
指物師です。

仙台箪笥の表面には
美しい木目の「欅材」を用い、
箪笥の本体に使用する木材として
「杉材」「桐材」などを使って引き出しを製作し、
箪笥の形に合わせて、大きさや幅を微調整していきます。




工芸的な美しさを生み出すのが「漆塗り」です。
透明な漆を使い、
木目の美しさを透かし見ることが出来る
「木地呂塗り」(きじろぬり)
この箪笥の特徴のひとつです。

塗師は、木地表面の凹凸を消した後、
塗っては磨き、また塗っては磨くという
根気のいる作業の繰り返しによって
木地表面は漆にしっかりと覆われて輝き、
漆の下の木目の美しさは一層際立ったものになります。




「仙台箪笥」の最大の特徴は、
引手や錠前に取り付ける豪華な装飾金具です。
日本刀の鍔(つば)作りの技から発展したとされています。
そのためか、
竜や牡丹、唐獅子など武士好みの図柄が多く、
「仙台箪笥」に重厚な存在感を醸し出しています。




「仙台箪笥」は、一棹を製作するに当たり、
平均100個から200個の飾り金具が付けられています。
これらは、1.2oの鉄板に槌と鏨(タガネ)で手打することにより、
繊細かつ大胆な文様が打ち出されます。




そして、平成27(2019)年6月18日に
伝統的工芸品産業の振興に関する法律に定める
伝統的工芸品として、経済産業大臣に指定されました。




修理について

仙台箪笥協同組合では、修理の受付を行っています。
傷んだ仙台箪笥がお手元にあるなら、
手を掛けて蘇らせませんか。
金具を外し、木地を削り直し、漆を塗り替える
─そうした丁寧な職人の手技によって、
箪笥は息を吹き返し、新品同様の輝きを取り戻します。

仙台箪笥修理の流れ
お申込は電話・FAX・メールに受け付けております。
詳しくは、仙台箪笥協同組合をご参照下さい。





2.雄勝硯




「雄勝石」は「玄昌石」とも呼ばれ、
宮城県石巻市雄勝町産のものを呼びます。

「玄」は「黒」、「昌」は「美しい」、
「黒くて美しい」という意味から
この名がつけられたという説もあります。




「雄勝石」は、地質学的には
北上山系登米層
古生代二畳紀(2・3億年前)に属する
黒色硬質粘板岩であり、
その特性は純黒色で、
圧縮・曲げに強く、給水率が低いため、
化学的作用や永い年月にも変質しない性質を
持っています。

その特性を生かし
古くから「硯」の原料として、
近代においては「屋根等のスレート材」として
親しまれてきました。




「硯石」は、室町時代、1396年頃には、
石巻市(雄勝地区)で産出されていたと伝えられています。
応永の昔より「名硯」として賞美され、
以来600年の歴史と伝統が受け継がれています。




「雄勝硯」は、平成26(2018)年12月に
特許庁の地域団体商標に登録されています。




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イッピン「悠久の時が生む 漆黒の器〜宮城 雄勝石〜」

本日のイッピンは

「宮城 雄勝石」




「雄勝石」(おがついし)は、
宮城県石巻市雄勝地区の
2億3千〜5千万年前の地層から産出する
黒色硬質の「粘板岩」(ねんばんがん)で、
「玄昌石」(げんしょうせき)とも呼ばるものです。




圧縮や曲げに強く、吸水率が低いため
経年変化しにくいというその特徴を活かし、
古くから
スレート(石瓦)材としても歴史的建造物などに利用され、
平成24(2012)年の東京駅丸の内駅舎保存復原にも、


東日本大震災による津波の跡から見つけ出された
雄勝石のスレートが約1万5千枚が用いられています。




雄勝石の歴史は古く、
室町時代の応永3(1396)年には
既にこの地域で硯石が産出されていたと
伝えられています。




また、江戸時代の文献によると、
元和年間(1615〜1624年)に
鹿狩りで牡鹿半島を訪れた
伊達政宗公に「雄勝硯」が献上され、
賞賛を受けたそうです。




雄勝硯は、
原料の雄勝石の粒子が緻密で均質なことから、
墨を擦る時に砥石の役割を果たす
“鋒鋩(ほうぼう)”の立ち具合と耐久性に優れることから
墨を良い状態に擦ることが出来ます。




二代目藩主・伊達忠宗は
雄勝硯師を藩お抱えとした他、
雄勝石産地を「お止め山」として
一般の採石を禁じて保護。




近現代も愛用され、
昭和60(1985)年には
国の伝統的工芸品として指定を受けました。




東日本大震災(平成23年・2011年)で
硯工場は被災しましたが震災を乗り越え、
現在も、硯職人達が
手作業による硯づくりを行っており、
600年を超える雄勝硯の伝統を懸命に守り続けています。




現在は硯に代わり、
高級食器に加工した「雄勝石皿」が人気です。







〜 雄勝の濡れ盃 〜


雄勝濡れ盃」は、
東日本大震災の復興支援を目的として、
地域産学官連携により開発されたものです。

雄勝石は、
平らに割れやすい性質があるため、
丸く加工するのが非常に難しいです。


それを、東北大学大学院工学研究科の
摩擦学の堀切川一男教授の指導を受け、
宮城県美里町の金属加工メーカー「キョーユー」が、
2mmの薄さに削ることに成功。


直径10cmの丸く平らな盃と、
外径5cmの極上の冷酒用酒器「雄勝の濡れ盃」が
誕生しました。





番組には出てこないようですが・・・
〜 クロテラス 〜




東日本大震災で避難地域に指定された
浪江町の「大堀相馬焼」とコラボし、





雄勝石を砕いて釉薬にして、
焼き上げた器が「クロテラス」です






他にも、コラボ商品があります。




posted by ぽっぷらいと at 10:30| 美の壺・イッピン・工芸品・手芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする