2021年04月27日

イッピン選・コレクション 「バッグ」

麻の紙でできたトートバッグ。
シルクの特殊な糸を使って編み上げたバッグ。
そしてアケビのつるで編んだバッグ。
どれも自然の恵みを受け、
伝統の技を駆使して作られたもの。


これまで「イッピン」で紹介してきた、
ユニークなバッグの中から3つを再編集。
栃木県鹿沼市は、日本有数の麻の産地。
古代に作られていた麻の紙、
「麻紙」をよみがえらせ、作り上げたトートバッグ。
シルク産業の盛んな山形県鶴岡市からは、
シルクの特殊な糸で編み上げた、
豊かな風合いのバッグが出来上がるまでを。
秋田県横手市からは、
山に自生するアケビを採取し、
そのつるを使って編み上げた素朴でバッグの制作の様子を。





1.野州麻紙
野州麻和紙工房・大森芳紀さん)




鹿沼市は、麻の生産量日本一を誇る産地です。
鹿沼の麻は古くから
「野州麻」(やしゅうあさ)と呼ばれ、
美しい光沢があり、
薄くしなやかで丈夫なのが特徴で、
全国各地に出荷されています。




麻の栽培農家7代目・大森由久さんは、
平成24(2012)年に「日本麻振興会」を発足させ、
麻の伝統文化や生活文化の伝承と
新産業への振興を目的に活動を始めました。

更に8代目・大森芳紀さんは
平成13(2001)年に「野州麻紙工房」を設立、
「麻紙布・マシヌノ」を使って
野州麻紙工房オリジナルのでバックを作りました。




          〜栃木の服飾〜」





2.Kibisoバッグ
            (鶴岡シルク




鶴岡市を含む庄内地域は、国内最北限の絹産地です。
蚕が繭を作る時に最初に吐き出す糸
「キビソ」の素朴な風合いと魅力を活かし、
新ブランド「Kibiso」(きびそ)を立ち上げました。
一見、シルクとは分からない
落ち着いた風合いと光沢が人気です。







3.あけび籠
        (中川原信一さん


    


東北では、昔から農作業の合間に、
あけび、ぶどう、葛、くるみなど、
山で採れる植物を編んで籠を作り、
農作業の他、買い物かごとして使ってきました。
秋田県横手市金沢に住む中川原信一さんは、
あけびの籠を作り続けています。

           〜秋田・工芸品〜」

ラベル:イッピン バッグ
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イッピン「山から生まれた暮らしの道具〜秋田・工芸品〜」

今回のイッピンは「秋田の工芸品」。




1.あけび籠
     (中川原信一さん)




東北では、昔から農作業の合間に
あけび、ぶどう、葛、くるみなど
山で採れる植物を編んで籠を作り、
農作業の他、買い物かごとして使ってきました。


   − 秋田県三種町 くるみかご −


プラスチック製の籠が普及し、
山で採れる植物から作る籠の需要は減り、
作り手も減ってきました。


   − 秋田 イタヤ細工 −


そのような中、
秋田県横手市金沢に住む中川原信一さんは、
あけびの籠を作り続けています。




その高い技術により、
平成15(2003)年「全国網み組み工芸展」では
大賞受賞など民芸関係の数々の賞を受賞されています。









2.川連漆器・寿次郎




800年の歴史を持つ湯沢市の「川連漆器」。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・


イッピンでは、以前にも紹介しています。


 1. 利山 LI-ZAN


 


 2. 漆工房 攝津




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・


寿次郎さんは、
「自分で掻いた漆でお椀を塗ってみたい」という
衝動に駆られて、地元湯沢産の漆を集め始めたそうです。




そして
地元の漆の木から採った漆だけを使い、
1年をかけて塗り上げられる椀は、
ほのかに赤みの差す独特の光沢を放っています。







3. 白岩焼「和兵衛窯


「海鼠釉」の深い青色が印象的な「白岩焼」は、
今からおよそ240年前、現在の仙北市角館町において
秋田藩初の窯元として生まれました。


当時秋田藩では、鉱山の採掘が盛んで、
鉱物の精製時に使う
陶製の耐熱容器「ルツボ」を作るため、
技術者として呼ばれた
現在の福島県浪江町の「大堀相馬焼」の関係者、
松本運七が創始しました。




その技術は当時珍しいものだったので、
角館のお役人は
「この技術を外に漏らしてはならない」という
「他言無用」の証文を、書かせるほどでした。

そんな白岩焼でしたが、
明治になり藩の庇護を失い、衰退。

更には、明治29年の真昼山地震により
全ての窯が壊滅状態となり、
わずかに復興した窯も
明治33年には窯の火を消してしまいました。

そして70年後、昭和に入って、
江戸期の窯元の一人、渡邊勘左衛門の末裔
渡邊すなおさんが、
昭和50年に「和兵衛窯」を築窯、白岩焼復興を果たしました。

  

この頃、「白岩焼」と「樺細工」を訪ねて
民芸運動の柳宗悦と
陶芸家であり人間国宝の浜田庄司が
度々同地を訪ねていました。


昭和49年に
当時の秋田県知事小畑勇二郎の依頼により
浜田庄司が、白岩の土の陶土適正の検査を行うと
陶土としての質の良さが判明し、
渡辺すなおさんに助言しました。


すなおさんの夫、渡邊敏明さんが
平成5年に登窯を完成させました。

お嬢さんの渡邊葵さんも
平成23(2011)年より、
和兵衛窯にて制作活動されています。

 白岩焼 和兵衛窯
  〒014-0302
  秋田県仙北市
  角館町白岩本町36−2   

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イッピン「丈夫でしなやか 心地よく〜山形 鶴岡のシルク製品〜」


本日のイッピンは「鶴岡シルク」
鶴岡市を含む庄内地域は、国内最北限の絹産地です。




また、
「養蚕」「製糸」「製織」「精練」
「捺染」「縫製」といった
絹織物の一貫した生産工程が
集約されている
日本で唯一の地域でもあります。




庄内地域で絹の生産が始まったのは、
明治維新以降です。




新政府の「生糸立国」政策により、
旧庄内藩士約3000人が
"刀を鍬に代えて"
羽黒町松ヶ岡の原生林を開墾したことで
鶴岡の絹産業はスタート、
最も新しい絹産地となりました。




明治30年代には、
鶴岡の斎藤外市が
電動式の力織機「斎外式力織機」を
発明したことから
「羽二重」や「繻子」が
盛んに生産されるようになります。




それらは洋装用の生地としても
輸出されたことから、
絹産業は地域の基幹産業となりました。




ところがその後は、
経済のグローバル化などによる
安価な外国産シルクの流入や
養蚕農家の高齢化により、
大変厳しい状況になりました。




平成21年、鶴岡市は
養蚕、絹織産業の伝統を
保存・伝承するとともに、
その伝統を活かして
絹織産業の新たな可能性を啓き、
地域を活性化することを目指して
始動させました。




「小石丸」「松岡姫」といった
蚕品種の飼育技術を確立し、
新素材を開発したり、





絹入りの麦切りや
お菓子等の食品を開発したりと、
新しい可能性を広げる
様々な取り組みも行なわれています。







プロジェクトには「4つの柱」があります。


1. 蚕の飼育体験「繭人」プロジェクト




蚕や鶴岡の絹の歴史を学び、
養蚕や絹に対する関心を高めてもらうため
「蚕の飼育キット」を配布し、
「繭人(まゆびと)」として認定します。


「桑の葉茶」は美味しくて、健康にも良いです。



2. シルクガールズプロジェクト


鶴岡中央高校の生徒が自ら企画・運営し、
絹素材布で制作したドレスなどを披露する
ファッションショーを毎年開催しています。





3. 史跡「松ヶ岡開墾場」の保存と活用


平成元年に国指定史跡に指定された
松ヶ岡開墾場の保存・継承するために整備し、
観光拠点としての利活用を推進していきます。



4. キビソ・プロジェクト


蚕が繭を作る時に
最初に吐き出す糸「キビソ」の
素朴な風合いと魅力を活かし、
新ブランド「Kibiso」(きびそ)を
立ち上げました。





「キビソ」は、
製糸の際、繭から糸口を見つけるために
繰り取った部分を乾燥させた副産物です。




不均一な太さで硬く、ごわごわしているため、
製糸が難しく、織り機での織物には
不向きとされてきました。




しかし「きびそ」には
水溶性のたんぱく質が豊富に含まれているため、
保湿力に優れている上に、
紫外線吸収力や抗酸化作用があるため、
スキンケア商品の成分などに活用されています。




 




その「きびそ」を使った、
エコロジカルでナチュラルな絹製品が「kibiso」です。




世界で活躍してきた専門家のアドバイスと、
地域企業の高い技術力により、
加工に適した糸への開発に成功、製品化が実現しました。




現在は、他産地と連携したコラボ商品の開発や
海外展開も行われています。




2015年に開催されたミラノ万博にも出展され、
ヨーロッパの人達にも大好評、
海外を視野に入れた取り組みもされています。





番組では、
「kibiso」をしてブランドデビューさせた
プロデューサー・岡田茂樹さん、
テキスタイルデザイナー・須藤玲子さんが
生み出した「きびそ」バッグが紹介されます。


きびそ製品の中で
「バッグ」が一番人気なのだそうです。




一見、シルクとは分からない
落ち着いた風合いと光沢が
隠れたお洒落心をくすぐるのだそうです。





それと、「芳村捺染」さんが紹介されます。


「芳村捺染」さんは
絹スカーフの本場・横浜で昭和8年に創業し、
スカーフ、ハンカチ、紳士もの抜染マフラー等を手掛け、
イヴ・サンローランのスカーフを日本国内で初めて生産。
その後、カルダン、ディオールなどの
ブランド・スカーフ、ストールの生産も手掛けています。


日本で指折りの手捺染工場として、
国内最大級の手捺染での
大判スカーフ、ストールを始め、リーバーシブルスカーフ等の
特殊技術でも高い評価を受けています。

posted by ぽっぷらいと at 07:10| 美の壺・イッピン・工芸品・手芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

イッピン「歴史が育む 技の冴え〜栃木の服飾〜」


今回のイッピンは「栃木県の服飾」




栃木県の風土と県民の生活の中で育まれ、受け継がれてきた
「栃木県伝統工芸品」には、
国指定の
「結城紬」「益子焼」の他、




「鹿沼組子」「日光彫」  「竹工品」
「金工品」 「大谷石細工」「真岡木綿」
「武者絵のぼり」・・・
数え切れないほど沢山あるのですが、




今回は
  • 「日光下駄」
  • 「野州麻紙」
  • 「黒羽藍染」
紹介されます。





1.日光下駄




格式を重んじる社寺参入の際には
「草履」を使用するのが原則でした。




ところが、
日光東照宮をはじめ、日光の社寺は
石や坂道、雪も多く、
草履で歩くには不便なため、
草履の下に下駄を合わせた
「御免下駄」が考案されました。




大名をはじめ、
神官や僧侶の正式な履物として
用いられましたが、
明治になると、
より履きやすい改良型が作られ、
一般庶民にも愛用される
「日光下駄」が生まれました。




石や坂道を歩く際の安定や、
雪をつきにくくするため、
下の方が広い八開きの台木に
竹の皮で編んだ草履表を
麻糸で縫い付けて製造します。




夏涼しく、冬温かいのが特徴です。





2.野州麻紙
野州麻和紙工房・大森芳紀さん)




鹿沼市は、麻の生産量日本一を誇る産地です。




鹿沼の麻は古くから
「野州麻」(やしゅうあさ)と呼ばれ、
美しい光沢があり、薄くしなやかで丈夫なのが特徴で、
全国各地に出荷されています。




かつて、日本の麻は、衣食住を支える存在として、
各地で大切に栽培されていました。




90日で3〜4mに育つ麻の茎からは、
表面の繊維を衣類や
生活に必要な糸や綱として、
茎の芯は「麻幹」(おがら)と呼ばれ、
家の屋根や内装材、また炭として使われました。




種は油を取ったり、
七味唐辛子やがんもどきにも含まれる
「麻の実(ヘンプシード)」として利用されました。




邪気を払う力があるとされ、
神社の「しめ縄」や横綱の「しめ縄」
「岩田帯」、「共白髪」などに用いられた他、




成長がとても早くて、大きく根を張る事から 
人々の成長・子孫繁栄・発展・商売繁盛などの縁起物と
見なされてもきました。




和紙の原料としても使われてきたのですが、
繊維が強く、加工しにくい為、
楮や三椏にとって代わられました。




麻の栽培農家7代目・大森由久さんは、
平成24(2012)年に「日本麻振興会」を発足させ、
麻の伝統文化や生活文化の伝承と新産業への振興を目的に
活動を始めました。





更に8代目・大森芳紀さんは
平成13(2001)年に野州麻紙工房を設立、
日本に唯一、
麻を原料にした和紙作りを始めて、
麻の独特な質感を活かしたランプシェードなど、
和のインテリアを手掛けています。

他にも、麻の繊維(麻垢)を使って、
「麻紙布・マシヌノ」を作りました。
「紙布」は、昔、神社などで紙衣として用いられ、
布のように強い紙で、多少の水に濡れても破ける事は
ありません。

この「麻紙布・マシヌノ」を使って
野州麻紙工房オリジナルのでバックを作りました。

持ち手部分には精麻を挟んで縫い合わせ、
内布は工房が厳選したヘンプ布を使っています。
一枚づつ手漉きで紙漉きをしているため同じ
商品でも色の出方が異なります。

とても軽く、使うほどに布は柔らかくなり、
肌に馴染みます。

麻の繊維は縁起ものであり、魔を除けるとも言われています。
日常使いは勿論、贈り物としてもご利用いただけます。




因みに、大森さんの畑で栽培されるのは、
栃木県が昭和57年に品種改良に成功した
無毒大麻、「栃木白」(とちぎしろ)という品種です。
陶酔作用を起こす「THC成分」をほとんど含んでいません!







3.黒羽藍染
黒羽藍染紺屋・小沼雄大さん)


黒羽藍染紺屋は、栃木県の北東部、
那珂川の流れる大田原市にあります。


江戸時代、
大田原市は水運の拠点で材木商も数多く、
職人達が着る印半纏は
“紺屋”と呼ばれる染物屋で作られていました。


創業200年余の黒羽藍染紺屋は
この歴史ある「黒羽藍染」の技術を
守り抜いている唯一の店です。


若い小沼さんが手掛けるのは
藍染めのスニーカーやTシャツ、
紙袋を模したバッグなどです。

posted by ぽっぷらいと at 07:00| 美の壺・イッピン・工芸品・手芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月24日

イッピン「しなりを生かし 優しさをつなぐ〜宮崎 木工品〜」

今回のイッピンは、

「宮崎・木工品」




宮崎県の森林面積は約59万haで、
県土面積の76%を占めています。




温暖な気候に加え、
日本一の快晴日数や豊富な降水量など
木が育つ条件が十分に揃っています。




都道府県別の杉の丸太の生産量は、
宮崎県が、27年連続で日本一です
(平成30年現在)。




宮崎の杉のほとんどは、
宮崎県南東部の日南市付近で
育成されている「飫肥杉」(おびすぎ)です。




今から約400年前の元和時代に、
飫肥藩によって
植林活動が始められたことから
その名前がつけられました。




造林を続けられたことから、
今では山々に美しい杉が林立し、
飫肥の景勝になっています。




「飫肥杉」の特長は
油分が多く、腐りにくいこと。
そのため、
江戸時代には、主として
船を造る弁甲材や建築材として使われ、
全国から注文を受けていました。




飫肥杉は

・油分が多い
・シロアリなどの病害虫に対して強い 
・水気に強い
・腐敗に耐性がある
・弾力性、耐久性に富み、強度がある

という特徴があります。


明治、大正、昭和にかけて
黄金時代を築き、
今も職人たちが豊かな森に寄り添い、
木の特徴を見極めた
手作りの木製品を作り続けています。




平成26(2014)年度には、
「飫肥林業を代表する弁甲材生産の歴史」
林業遺産として
九州で初めて認定・登録されました。



飫肥林業を代表する弁甲材生産の歴史
 @江戸期に成立した
  飫肥林業を代表する
  疎植林の景観が維持された
  「三ツ岩 林木遺伝資源保存林」、
  「川越本店所有林」
 A弁甲材を輸送するために開削された
  「堀川運河」
 B弁甲材生産の特徴である、
  はつり作業等に使用された道具類
 C飫肥林業の発展を示す
  山林台帳、契約書類、写真、
  映画「飫肥杉の一生」 等の資料群 



※「林業遺産」とは、
一般社団法人日本森林学会が、
学会100周年を契機として、
日本各地の林業発展の歴史を将来に渡って
記憶・記録していくための試みとして、
2013年度から開始した事業で、
林業発展の歴史を示す景観、施設、跡地等、
土地に結びついたものを中心に、
体系的な技術、特徴的な道具類、古文書等の資料群を
「林業遺産」として認定するもの。







1.桜の木のはさみ
          (木のおもちゃ けいかお


南九州産の桜の木を使用した、
長さが約10cmのはさみです。
紙を切ることが出来、
幼児が怪我をせずに
はさみを扱う練習をするのに
適しています。

上質な見た目で、
キッズデザイン賞」にも選ばれました。

「木のおもちゃ けいかお」は
宮崎県三股町にあります。





2.obisugi 癒しのベンチ
              (谷材木店




座り心地の良さが特長です。

体を優しく包み込むような背もたれのカーブが、
心地よい背当たりを実現しています。




谷材木店さんは、
昭和28年から続く材木店です。




樹齢80年生以上の木材を自然乾燥させて、
家具だけでなく、はがきや置物などの、
電動糸ノコ作品も製作しています。







3.OBI tray

しなりと木目を生かした、
シンプルなトレイです。





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飫肥杉精油 20ml (消費税10%)★5個までコンパクト便可
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