2021年04月06日

イッピン「漆黒に浮かぶ金銀の輝き〜京象嵌〜」

本日のイッピンは
 「京象嵌です。
象嵌とは
「象り(かたどり)」「嵌める(はめる)
という意味で、
一つの素材に
異質の素材を嵌め込む技法で、
「金工象嵌」「木工象嵌」「陶象嵌」
などがあります。


その中の「金工象嵌」は、
シリアのダマスカスで生まれ、
シルクロード経由で
飛鳥時代に日本に伝わり、
仏像や仏具装飾等に用いられました。

四天王寺の七星剣をはじめ、
正倉院には刀身に金で象嵌が施された
呉竹鞘御杖刀」が遺されている他、
奈良の薬師寺本尊の掌や仏足にも
輪宝文などが象嵌されています。


鎌倉時代以降には
刀の鍔や甲冑の金具など
武具の装飾として、
草花鳥獣、風景などをデザインした
象嵌が施されるようになりました。


江戸時代になると、
京都に優れた職人が数多く生まれ、
日本刀や甲冑、鏡や文箱などの装飾に
名工達が腕を振るいました。


特に、
その仕事ぶりが特に目立っていたのが、
西陣の「埋忠」(うめただ)
「正阿弥」(しょうあみ)の二家で、
やがて技術を磨いた両家の弟子達が
各地の大名に仕えるようになり、
京象嵌の技術が
肥後や加賀をはじめ
全国に広まることとなりました。


-肥後象嵌-



-加賀象嵌-





「京象嵌」は
「布目象嵌」を中心に発展しました。

「布目象嵌」は
金銀を薄く伸ばしたものを切り抜き、
布目を彫られた鉄の生地に嵌め込み、
仕上げに漆を塗り焼き上げたものです。


純金や純銀を使用するため大変高価であり、
上級の武士階級や貴族など
一部の階層を中心に広がりました。


一方、その代用品として
庶民の間で発達したのが「蒔絵技法」で、
江戸時代末期頃には
火鉢やキセル等の喫煙具の装飾にも
用いられるようになりました。


明治9(1876)年の「廃刀令」によって
その広がりは一時途絶えかけましたが、
大正時代には京都を訪れた欧米外国人の間で
日本の象嵌技術が高く評価され
熱心に象嵌商品を買い求めたことから、
輸出品として
再び脚光を浴びることになりました。


現在では
ブローチ、ペンダント、イヤリング、
ネクタイピン、カフスボタン等の装身具や、
額、衝立などの室内装飾品に
京象嵌の技術が生かされ、
国内外で広く愛用され続け、
京都府知事指定の
「京都府伝統工芸品」の一つに
挙げられています。




 幕末、明治の
 金工、七宝、蒔絵、薩摩焼を
 常設展示する
 日本で初めての美術館です。
 高度な彫りと、
 複雑で多彩な「象嵌」も
 常設されています。

 

  住所:京都府京都市東山区
     清水寺門前産寧坂
     北入清水3−337−1
  電話: 075-532-4270




       (アミタ)

京都の伝統工芸
「京象嵌」の技術を活かして作られた
「霞(kasumi)」シリーズ。
箸置きとペンダントがあります。

従来の京象嵌は
生地に「鉄」を使用していますが、
「霞(kasumi)」は、
「ステンレス」を使用しているため、
耐水性に優れています。
また、
見る角度により表情を変え
淡くやさしい色合いで、
日々の生活を豊かにしてくれると、
評判です。

アミタ」では
沢山の方に京象嵌に親しんでもらいたいと、

象嵌製作の実演や販売はもちろん、
象嵌作りの体験教室などもあります。

  住所:京都府京都市左京区
     聖護院円頓美町17
  電話: 075-761-8001




  (中嶋龍司さん)


京都嵐山にある「中嶋象嵌」の
三代目・中嶋龍司さん。
平成14(2002)年、
祖父の喜代一さんに弟子入りし、
平成20(2008)年には
若手職人の登竜門と言われる
京もの認定工芸士」の認定を受ています。

祖父から受け継いだその技は
緻密を極め、
コンマミリ単位の作業が
ほとんどを占めます。
伝統的な細工物をはじめ、
中嶋さんならではの
「透かし」と言われる技法も取り入れ、
海外や若い世代に象嵌を発信しています。


嵐山にある「昇龍苑」の2Fには、
体験教室があります。

  住所:京都府京都市右京区
     嵯峨天龍寺芒ノ馬場町
  電話: 075-873-8180





大正8年独立創業の
「川人象嵌」(かわひとぞうがん)さん。
布目象嵌の布目板に
謄写印刷に使う謄写版を利用することで、
象嵌製品の価格を抑えることで、
工芸品や装飾具として
広く普及させることに成功。
新しい感性で
象嵌の可能性を広げていくと共に、
先人達が育んだ技術を
現代に、そして未来へと引き継いでいます。





  住所:京都府京都市北区
     等持院南町76
  電話:075−461−2773
ラベル:イッピン 京象嵌
posted by ぽっぷらいと at 11:40| 美の壺・イッピン・工芸品・手芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

イッピン「百万石の美を装う〜石川 装飾品〜」

今回のイッピンは
「石川県の装飾品」


石川県の
多彩な伝統工芸から生まれた、
現代のセンスに合わせた
アクセサリーが紹介されます。



1. 加賀蒔絵


漆塗りの上に、金や銀で絵模様を描いたものを
「蒔絵」と言います。


「金沢漆器」には、この蒔絵が施してあり、
特に「加賀蒔絵」と呼ばれています。


「加賀蒔絵」は
量産品というよりもむしろ
一品物の美術工芸品といった趣が強く、
堅牢な塗りと高蒔絵、
肉合研出蒔絵などの
高度で繊細な加飾の蒔絵として
知られています。


安土桃山から江戸時代を生きた
三代加賀藩主 前田利常により、
江戸や京都から各界の名工を
加賀藩細工所へ呼び寄せるという政策が
施行された歴史があります。


漆器としては当時から名を馳せていた
五十嵐道甫や清水九兵衛が召還され、
その技術が
現在の「金沢漆器」の原型となったと
言われています。


大名が使う道具から発展した工芸なので、
現在も優美な美術工芸品として
作られています。


武家文化と繊細な蒔絵技術が融合された
独特の漆工芸は、
現在の石川県金沢市にも受け継がれ、
数々の名匠を輩出し続けています。




Classic Ko
(大下香仙工房)

大下香仙工房は、
初代・大下雪香が金沢で習得してきた
高度な装飾技術を要する「加賀蒔絵」を
故郷の山中の地で広め伝えるべく
明治27(1894)年に創立されました。
それ以来120年余り、
「蒔絵・漆」の手法を駆使して、
美術工芸品を制作する傍ら、
イアリング、ペンダント、ピン、ブローチ等の
蒔絵ジュエリー・アクセサリーを作っています。


「Classic Ko」
「古典的な、一流の、時代に左右されない」
などの意味を持つ「Classic」と
初代「雪香(せっこう)」より代々受け継がれる
雅号「香(Ko)」 に、
「その人の美意識・感性を 香り(ko) として纏う」
という意味も込めているそうです。





2. 加賀ゆびぬき


「加賀ゆびぬき」は、
実用品として伝わってきたものです。


金沢には、
美しい着物を仕立てるお針子さんが
沢山居ました。


そのお針子さん達は
お休みの日に、
着物を縫った時の残り糸や、
布・真綿の残り物を大切にとっておいて
自分のお道具として
「ゆびぬき」を作っていました。




大西由紀子さん



大西由紀子さんは
長年、金沢に伝わるゆびぬきの技法を
復元・研究していた小出つや子さんを
お祖母様に持ち、
そのお祖母様やお母様の指導の下、
平成12年からゆびぬき作りを始めました。



平成16年1月に
東京・銀座で初の作品展が好評を博し、
以後、ゆびぬきブームの中心として
活躍されています。




3. 加賀毛針(かがけばり)


加賀藩の時代、
川釣りは武士の特権でした。


明治時代になると、
市民にも釣りが許されて、
専門の釣り針屋が多くなりました。
川釣りの中でも、鮎釣りには、
「毛針」と呼ばれる専門の疑似餌が使われます。
「加賀毛針」は、
原材料に野鳥の羽毛を使い、
その接合部分に漆や金箔を施すなど、
美しさと気品に溢れています。


また、
高度な技術により
丈夫で機能性にも優れ、
大切に使えば
100尾以上の鮎が上がると
言われています。



フェザーアクセサリー
MEBOSO
目細八郎兵衛商店


加賀前田藩が城下を開く以前の
天正3(1575)年に創業しました。
   
初代八郎兵衛は
京都系統の技術に独自の工夫を凝らして
めぼそ針」を作り上げ、
加賀藩主より
「めぼそ」を針の名前として頂きました。


明治に入ると、
17代目細八郎兵衛が、
明治23(1890)年「第3回内国勧業博覧会」で
加賀毛針」が褒状を受賞したことで、
加賀毛針」の品質と名声が広く全国に伝わました。


そして現代、
加賀毛針の美しさ伝え、
新しいものづくりで伝統を守りたいとの思いから、
「フェザーアクセサリー」を生み出しました。




伝統工芸36業種
 加賀友禅、牛首紬、加賀繍、能登上布、
 金沢和傘、手捺染型彫刻、九谷焼、
 輪島塗、山中漆器、金沢漆器 、
 珠洲(すず)焼、大樋焼 、茶の湯釜、
 金沢箔、和紙、桐工芸、檜細工、加賀象嵌、
 金沢表具、竹細工、鶴来打刃物、金沢仏壇、
 七尾仏壇、美川仏壇、七尾和ろうそく、
 加賀毛針 、加賀竿、郷土玩具、琴、三弦、
 太鼓、銅鑼、加賀獅子頭、加賀提灯、
 加賀水引細工、能登花火


posted by ぽっぷらいと at 11:35| 美の壺・イッピン・工芸品・手芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

イッピン「多彩!絹のような輝き 兵庫 麦わら細工」

本日のイッピンは
「兵庫 麦わら細工」。



兵庫県豊岡市にある、
多くの文人墨客に愛された
山陰の名湯「城崎温泉」。


城崎温泉」には
江戸時代から伝わる
優美で精巧な工芸品があります。


麦わらを鮮やかに彩色して
貼り合わせて絵柄を作る
「麦わら細工」です。


その色彩と絶妙な光沢は、
他に類を見ない
伝統的工芸品として
高く評価されています。


城崎温泉の「麦わら細工」は、
今からおよそ300年前の
江戸時代中期(享保の頃)に、
城崎に湯治に来た
因州(鳥取県)の半七という職人が、
笛やコマなどに色麦わらを貼って
宿の軒先で売り、
宿料の足しにしたのが始まりと
言われています。


その後、
箱物や絵馬に細工したものも出来て、
その美しさに
ドイツ人医師のシーボルトが
祖国に持ち帰ったことでも
知られています。


明治に入ってからは
高名な画家が来遊して
下絵を描いて図案を与え、
試作させた結果、
芸術の香気高い作品が
生まれました。


現在も、
伝統技術と新しい技法と時代色を盛った、
罫紙文庫・文箱・小物入れ・名刺入れ・
菓子器・切手入れなど、
様々な製品が製作されています。


豪華寝台特急「瑞風」の
客室のアメニティーボックスにも
使われています。


また、平成29年10月17日の
「マツコの知らない世界」でも
城崎で唯一「麦わら細工」を制作している
「かみや民芸店」の「名刺入れ」が
紹介されました。
 キャッチコピーは
 「“Dentou“Make me smile 
  〜 キュートな彼女も
    さらに笑顔になれる
    麦わらの名刺入れ 〜 」 
 でした。


「かみや民芸店」は、
日本で唯一
城崎にしかない
郷土民芸品の「麦わら細工」を
製造販売しています。



店主の神谷勝さん(2代目)は
「城崎町指定無形文化財
 城崎麦わら細工工芸技術保持者」に
指定され、
「兵庫県技能功労賞」も
受賞されています




「麦わら細工」は
豊岡市栃江の裸大麦のみが使われています。
「裸大麦」は大麦の一種で、
節と節(節間)が長いため、
「麦わら細工」に適しています。


大麦のわらを原料とした
「麦わら細工」は
使い込むほどに
絹のように滑らかな手触りと
上品なつやが飽きのこない
風合いを醸し出します。



「麦わら細工」は、
全て手作業で行われます。
大麦のさやを色染めして、そして
麦の茎を
様々な色に鮮やかに染め上げ、
その染められた
ストロー状の麦わらを
編み込み(「編組物」)ます。




さやを切り開き花鳥などの模様を
桐箱に張っていくものを「模様物」、
幾何学模様に張っていくものを
「小筋物」と言います。


 シート状のものを何かに接着する場合、
 「貼る」という字が用いられるのですが、 
 城崎麦わら細工では「張る」を
 使用しています。
 「一面を覆う」「緩みなく引き締める」 
 といった意味を含めるためだそうです。


平成16(2004)年には
皇太子殿下ご夫妻に、
愛子様誕生祝いとして
「大文庫・コウノトリ」を
献上したそうです。


 ↑かみや民芸店」土鈴。
 コウノトリは幸運を運ぶ鳥であり、
 赤ちゃんを運んでくれるとも
 言われています。
 また、土鈴とは魔除けの意味もあります。


手作りの指輪は300円。
よく売り切れになる人気の商品です。
城崎麦わら細工専門店
「むぎせん民芸店」などで
買うことが出来ます。


現在の職人の作品約40の他、
明治・大正・昭和初期などの作品
約200点が展示されています。
また麦わら細工を体験できる
コーナーもあります。


・住所:〒669-6101
    兵庫県豊岡市城崎町湯島376−1  
・電話: 0796-32-0515
・営業時間:10時〜16時
      (入館は〜15時30分)
・定休日 :水(祝日の場合は翌日)
・料  金:入館料大人300円、中高生200円

posted by ぽっぷらいと at 11:30| 美の壺・イッピン・工芸品・手芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする